葉山町の下水道計画が完全勝訴!! 04.07.02
(下水道差し止め請求訴訟に最高裁判決)
神奈川県葉山町の住民オンブズマン5人が「公共下水道は合併処理浄化槽と比べ建設費が高額で税金の無駄遣い」として、町長に対して公金支出差し止めと事業費の返還をもとめた住民訴訟の最高裁判所の判決がさる平成16年6月10日にあった。平成14年6月19日の横浜地裁判決、平成15年1月29日東京高裁判決を支持し、「最高裁への上告を棄却し、費用は上告人等の負担とする。」というのがその結論であった。下水道サイドとしては全面的な勝利となった。以下にその判決の概要と葉山町の状況を纏めた。
1. 各裁判段階での原告、被告の主張と裁判所の判断
1) 横浜地方裁判所
原告の主張
@ 本件事業に基づく公金支出等の財務会計行為の違法性
・ 浄化槽と公共下水道は、処理能力・管理面において類似である。
・ 公共下水道事業費は約284億円(175万円/人)であるのに対し、浄化槽事業費は約25億円(16万円/人)である。
・ 町の歳入合計の規模が84億円程度であることに照らし、町の財政を圧迫する。
・ 既存の浄化槽は大小150基あり、これを廃棄して公共下水道に置き換えるのは不合理である。
・ 生活排水処理基本計画を策定せず、公共下水道と浄化槽やコミプラ等ととの比較を行っていない。
・ 公共下水道を選択すべきという法令等はない。
・ 上記の諸点から公金支出等の財務会計行為は、社会通念に照らして目的・効果との均衡を欠く。よって、地方財政法第4条第1項(必要かつ最小限の支出)及び地方自治法第2条第13項(最小経費・最大効果)に違反する。
A 回復し難い損害の発生
・ 事業費総額440億円が支出されれば、町に回復困難な損害が発生する。H8からH13年までに、国、県の補助金以外に約86億円が支出されている。
被告の主張
@ 地方財政法第4条第1項について
条文は予算の執行面についての基本原則を定めており、原告の主張は的はずれである。町当局は議決された予算を適正に執行した。
A 公共下水道採用の適法性
人口密度、人口集中地区、環境保全の要請、町民の希望などから公共下水道が適正と考えた。一連の検討のなかには浄化槽の検討も含まれている。
B 公共下水道と浄化槽における処理能力と管理の相違
公共下水道は対象区域全域で汚水処理が達成できること、設備
設置の場所が小さく、費用が安いこと、高率の補助金があること、水質基準が厳しく放流水質がよく、安定していること、耐用年数も長く最新の浄化方法を速やかにとりいれられることがある。浄化槽は個人が私費で設置・管理すること、50人槽以下には水質規制が野放しであることにより、公共下水道と比較して、処理水質が高く(悪く)放流先へ与える影響が大きい。
・ 都市計画法は、市街化区域では公共下水道の整備を要請している。
C 経費面の相違の有無
費用比較は算定困難な事項が多い。原告の主張は、明確な根拠がない場合が多く、自己の主張に沿うものを頻用しており、客観的、絶対的な検証がない。
D 公共下水道と浄化槽の役割
原告は公共下水道と浄化槽を同じレベルにとらえているが、それは誤りである。浄化槽については、技術的な問題点もあること、設置・管理が個人によること、設置場所の確保が困難であることなどから、公共下水道の補完的施設であるといえる。
地裁の判断
@ 公共下水道と浄化槽の設置及び管理の費用
浄化槽における汚水処理費は維持管理費を含めても25億円程度である。公共下水道は建設費だけでも284億円である。下水道の排水設備に要する各家庭の設置スペース・設備費は浄化槽より小さいが、使用料金、受益者負担金、建設費等の町負担分が最終的には町民負担となることを考慮すると各家庭の実質的負担は小さくはない。
A 既存浄化槽の廃棄の合理性
既存の浄化槽は、1万人程度は使用していると推測され、処理水質も良好であるため、これだけを見ると既存浄化槽を廃棄することは無駄と見える。しかし、既存浄化槽を廃棄し、下水道にせつぞくすることは下水道法等の要請であり、かつ廃棄を懸念して公共下水道の導入をしないようにするほど、明白な公共下水道の制度に重大な欠陥があると言った事情は見あたらない。公共下水道は、経費面では高くつくという短所はあるが、管理面では公的な立場から効果が上げられる有効性があると思われる。
B 裁量権濫用の有無
公共下水道の設置については、法律による義務ではないものの訓示的な要素があり、また、膨大な費用がかかるものの、放流水にたいする厳格な法令上の整備がなされており、被告町長が、本件事業の継続的実施をすすめることは、裁量権を著しく濫用した違法があるとは認められない。
よって、原因行為である本事業の実施に著しい裁量権濫用のあるとは言えず、原因行為と財務事項との会田に事実上の直接的な関係があるとは言えないので、本件財務会計行為が違法とは言えない。
2)東京高等裁判所判決について
控訴審での原告の主張
@ 著しい裁量権の濫用
著しい裁量権の濫用があれば財務会計行為も違法となる。公共下水道と浄化槽の比較検討が社会通念に照らして不合理である場合には著しい裁量権の濫用があったといえる。
A 比較検討の未実施
町が以前導入・失敗した「下水浄化装置」と浄化槽は全く違う。これもって、浄化槽と公共下水道を比較したことにならない。廃掃法には生活排水しょり基本計画を策定することが義務付けられている。町は公共下水道と浄化槽の比較検討を行っていない。
B 公共下水道の導入は社会通念上不合理
コミプラは、水質基準、処理能力、自治体による管理等から公共下水道に比較しても遜色ない。公共下水道の水洗化にはおおくのじかんを有し、水洗化率も90%程度である。下水道は浄化槽に比べて設置費用で8倍、維持管理費用で5倍必要となる。コミプラとの併用を考えれば、大幅に公共下水道の規模を削減できた。
控訴審での被告の主張
@ 汚水処理方式についての検討は行った(詳細 略)
A 事業は適正で、条例に沿った予算の執行に違法性はない
人口密度、人口集中地区、環境保全の要請などの諸条件を考慮して公共下水道を決定した。浄化槽は補完的施設である。コミプラは、公共下水道が設置されるまでの補完的なものと住民も認識していた。適正な維持管理、施設(処理場)の早期設置、区域内でもれのない汚水処理、厳格な放流水質の規制、最新の浄化技術の迅速な採用等の可能性から下水道は浄化槽より有利である。公共下水道の設置は住民の要望である。また、浄化槽の小型化はS60年以降、補助金の交付はS62年以降、特定地域生活排水事業はH6年であり、町は同事業の対象ではない。浄化槽が補完的なものであるという国・県の姿勢に変わりはないが、基本方針決定のS63年当時は、今よりいっそう浄化槽は公共下水道の補完的なものであったといえる。
控訴審判決
@ 財務会計上の行為の違法性
同条の行為が違法の評価を受けるのは、予算執行の適正確保のけんちから事業計画等に看過し得ない瑕疵が存在し、本件事業計画を変更ないし取り消さないことが著しく合理性をかくような場合に限られると原判決の説示理由を一部修正した。
A 原告の主張に対してつぎのように判断をした。
・ 町は処理方式についての研究をかさね、所定の手続きを経て決定されたものである。
・ 現行の法律では、市街化区域等では公共下水道が望ましいとしている。
・ 浄化槽の処理性能は近年上昇し、公共下水道と比較して設置にかかわる費用は廉価である。国も浄化槽の設置を推進している。
・ 浄化槽の性能は向上しているが、維持管理が設置者によること、浄化
・
槽内美声ぶるに悪影響を及ぼす排水の影響度合いが高いこと多数の浄化槽設置場所確保の困難性、厚生省書面(H6.10.20)公共下水道の整備が及ばない地域における補完的施設と窺えること、などから本件事業にもとづいた財務会計上の措置を採ることは、これを著しく不合理とするような事情は認めることはできない。
3) 最高裁判所判決
判決主文
本件上告を棄却する。 本件を上告審として受理しない。 上告費用及び申し立て費用は上告人兼申立人らの負担とする。 |
2.葉山町の下水道計画の概要
葉山町は,背後に三浦半島の丘陵を背負い,前面には湘南の海を望む風光明媚な観光地である。明治時代から保養地として拓け,御用邸のある町として知られている。1970年代以降,東京通勤圏の快適な住宅地として開発が進んだ。葉山町は,昭和50年代に公共下水道の全体計画を策定し,その後,昭和60年代に全体計画を見直し,平成4年当初認可を取得している。
その後,平成7年に第2回,平成13年に第3回の変更認可を行っている。
既全体計画では,全体計画処理人口36,300人,日最大汚水量24,700m3/日であったが,平成11年度から平成13年度に,全体計画の見直し及び変更認可業務(NJS,JSより受注)を行い,全体計画処理人口32,200人,日最大汚水量19,300m3/日となった。
葉山浄化センターの建設地(葉山町長柄字南郷)は,町の東北端にあたり,標高100mを超える山の上にあり,葉山中継ポンプ場は,海岸に隣接している。この葉山中継ポンプ場から,浄化センターまでほとんどの汚水を圧送し,葉山浄化センターで処理し,普通河川(森戸川支流の大南郷川)へ放流する。葉山浄化センターは,トンネル方式を採用(現全体計画3本,内2本施工済)しており,処理方式は酸素活性汚泥法である。
表―2 葉山町の概要
項目 |
行政 |
全体計画 |
事業計画 |
現状 |
||
既計画 |
現計画 |
既計画 |
現計画 |
|||
目標年次 |
− |
平成22年 |
平成32年 |
平成13年度 |
平成18年度 |
− |
面積(ha) |
1,706 |
620 |
622 |
230 |
300 |
161(※1) |
人口(人) |
既38,000 今33,000 |
36,300 |
32,200 |
16,200 |
17,800 |
31,069(※2) |
汚水量 (m3/日) |
− |
24,700 |
19,300 |
9,970 |
10,300 |
日平均 1,890(※1) |
事業費 (億円) |
− |
400 |
530 |
326 |
441 |
281 |
※1:平成14年度下水道統計。
※2:平成14年10月1日(葉山町HP)。
葉山町には,下水道事業が開始される前から,以下に示すコミュニティプラントが設置されていたが,公共下水道の供用開始に併せ,イトーピア地区のコミュニティプラントを廃止し,公共下水道へ接続した。結果,住民の使用料が増加したことを契機として,「公金支出差止等請求住民訴訟」が提起された。
表―3 コミュニティプラントの概要
名称 |
設置年 |
処理面積 (ha) |
人槽(人) |
処理人口 (人:H12) |
東伏見台 |
S49 |
12 |
1,200 |
613 |
イトーピア(廃止) |
S47 |
28 |
3,000 |
1,731 |
パークド葉山 |
S49 |
8 |
2,000 |
735 |
電通恒産 |
S49 |
2 |
350 |
202 |
計 |
− |
50 |
6,550 |
3,281 |
その他 |
− |
572 |
25,650 |
27,132 |
合計 |
− |
622 |
32,200 |
30,413 |
以上