都市排水における炭化水素・重金属の化学形態と毒性
東京大学環境安全研究センター 中島 典之
発表概要
■道路排水中の多環芳香族炭化水素類
■底生生物消化管液を用いた毒性影響評価
■全亜鉛環境基準と下水処理水中亜鉛の化学形態
1.全亜鉛環境基準と下水処理水中亜鉛の化学形態
・平成15年、新たに、水生生物保全を意図してZnの環境基準が定められた。
・基準値は、淡水域30μg/L、一般海域20μg/L、特別海域10μg/L。
・基準値(目標値)は、魚と餌両方の最終慢性毒性値の低い方で決定。
・最終慢性毒性値は、魚介類の場合、ほぼ全ての種を守る観点から、毒性文献値に、1or10の種比(大体10を使う)を用い決定。
・餌の場合は、ほぼ全ての属を守る観点から、属レベルで幾何平均を取る。(同じ珪藻類でも或る藻類は死ぬが、他が生き残れば餌は保持できる。)
・やり易いのは急性毒性試験であり慢性に変換するため、急性慢性毒性比として魚類、甲殻類は10(10で割る )、藻類は4を用いる。
・全Znの場合、7つの文献の淡水域データーの内、魚では、イワナ類の慢性毒性値が310、種比10で割って最終慢性毒性値は約30。
・餌では、ヒラタカゲロウのデーターを採用して最終慢性毒性値30。
・魚で30、餌で30、どちらも30なので、淡水域の基準は30と決定。
・元の文献に戻ると、イワナもヒラタカゲロウの試験も、亜鉛が溶存体なのか懸濁体かなど、亜鉛の形態や有機物の存在の情報が全く無い。
・全Znだからといって、本当にそれでよいかというのが私の研究スタンス。
・Znは色々な物質と結合し、サイズも安定度も異なり毒性影響も変わる。
・サイズでは、溶存体と懸濁体に分かれるが、その境界は操作定義でしかない。
・結合状態では、フリーのイオンZn2+があり、そうでないものは何かとくっついているので広い意味で錯体。錯体の中でも安定性が異なる。
・蓄積性では、藻類の試験結果ではフリーイオンが重要。フリーイオンの形で生物の体内にいくかどうかが決まる。毒性もフリーイオンの形が重要と云われ、亜鉛の形態を見ることが大事。
・水域排出量は13年度集計で下水道が469tと最も多い。一日の排泄量を5.5mgとすると、し尿由来の排出量は241t。集計とオーダー的にはあう。
・処理場の11サンプルで流入水と処理水の亜鉛を測定。流入水は全Znで百数十から数十μg/L。(懸濁体が多いのでばらつきが大きい。)
・下水処理では単純には、懸濁体が沈殿除去されその他が抜けていくイメージ。
・処理水は22~64μg/L、その内、溶存体は19~58μg/L、殆どは溶存体であるが、その内毒性が最も問題となるフリーイオンは、3~15μg/L。
・比率は10~50%位で場所・日によりばらつく。共存成分全ての情報が無い限り、下水処理場のフリーイオンはこの位というのは難しい。
2.道路排水中の多環芳香族炭化水素類、
底生生物消化管液を用いた毒性影響評価
・多環芳香族炭化水素類(PAH)は、ベンゼン環が2つ以上ついたもの。
・5環のベンゾエイピレン、2環のナフタレンが代表的。
・日本では、公的に、規制はないがモニタリングを多少している状況。
・変異原性、発ガン性などの毒性。高濃度であれば急性毒性もある。
・非常な疎水性、水に溶けにくく油に分配。固体にくっつく特徴。
・不完全燃焼過程で生成する非意図的化合物で、排出源は、都市域では工場、焼却場、自動車の排気ガス。室内だと、暖房、調理、喫煙など。
・石油にも含まれるが、人へのリスクを考えるならば、食品由来が殆ど。
バター・チーズや低濃度だが大量に摂取する穀類由来が大きい。
・大気由来は、食品由来の数分の一。水由来は、溶解性が低いので無視できる。
・水環境中への起源は、処理場や大気からの降下物、道路排水、油流出事故。疎水性のため底質にくっついて蓄積し、生物に悪影響を与えると考えられる。
・道路塵埃や道路排水のPAHソースは、排ガス、タイヤや舗装そのもの。
・多くの文献や実測値を見ると、PAHは起源によって組成が異なる。起源別組成を用い、重回帰分析により都内主要道路の塵埃中のPAHの起源を推定。
・意外とタイヤなどの影響があるのではないかという結果となった。
・道路塵埃をサイズと比重(密度)で分画した。密度の小さい、軽い画分は、重量は少ないがPAHは多い。雨天時は小さく軽いものが流れ易く、道路塵埃からは、選択的にPAHがくっついたものが流れていく恐れがある。
・疑問は、存在するもの全てが問題かということ。全Znの場合も、全てに毒性影響があるのかということであった。
・粒子に付着したPAHも実際にはかなり不活性なもの、毒性に寄与しないものがあるはず。
・そこで、バイオアクセシビリティ、生物がその有害な物質にアクセスできるかということを評価すべきと考える。
・ゴカイが泥を食べる過程で有害物質が溶けて体の中に入る。しかし、全部吸収される訳ではなく一部しか入らない。そこで、バイオアクセシビリティは(底生生物に吸収される量)/(底泥に存在する全量)と定義。
・それを実験で厳密にやろうとすると難しい。吸収されるものは消化管の中で液相中に出てくるものと考え、消化管液を使った脱着試験を行う。
・ある生物の消化管液を集めてきて、泥を入れるとバイオアクセシブルな部分が出てきてどの位有害な成分があることが判明、というのがコンセプト。
・生物の消化管液を大量に集めるのは難しく、模擬消化管液として1%のSDS溶液(界面活性剤)を用いて抽出試験を行う。
・どんな起源のものが、バイオアクセシビリティが高く生物に影響があるか、また、PAHではあるが毒性はないということを見分ける必要がある。
・PAHの石油起源指標となるMP/P比を測定。MP/P比が2より大きいと石油起源、1より小さいと燃焼起源と見なされる。
・東京湾の色々な泥と比較対照としての道路塵埃を採取。全量のPAHとSDS消化管液から抽出したPAHの両方を測定。どれ位毒性影響があるか見た。
・全量では、濃度が100を超えるのは10箇所、MP/P比は0.2から1.5位。道路塵埃は、濃度が高くMP/P比はより小さくなって燃焼由来が多い。
・SDS抽出試験でどの位出てくるかであるが、東京湾の泥が数%~数十%、40%位まで。道路塵埃ではもっと低い値。大体、いつもこんな数字が出る。
・例外はマレーシアのケース。数10%の後半、50%を超える場所もある。石油起源を示唆しているが、トータルPAHは高くない所で、バイオアクセシビリティが高い結果が出ている。
・そういう場所が沢山あれば説得力がでてくる。今はあまりデータがない。
・MP/P比とバイオアクセシビリティとの関係をとると、関係がみえてくるのではないかと考え、抽出液中のMP/P比を図ってみた結果、生物の体の中に脱離したもののMP/P比は高い。石油起源からきていると考えられ、泥からは、主に石油起源の画分が出ているのではないかということを示唆。
《発表のまとめ》
・有害物質でも形態によってその毒性影響が異なるはず。
・有害性という観点で議論するには、存在形態に関する情報が重要。その環境の中での安定性についての情報が必要。
・有害物質を測るのは勿論必要な情報だが、有害物質の周りをもっと細かくみる必要がある。一緒にある有機物がどういう形かによってZnもフリーなものから錯体になる。PAHもくっつくものが変わる。有害物質そのものではなく、それがどういう形になるかを決める相手方の研究が重要と考えている。