三河湾の水質環境の現状と課題
ーこれからの流入負荷管理を考えるー    NPO21世紀水倶楽部研究集会2011/02/24
  鈴木 輝明
  伊勢湾・三河湾の環境にとって何が一番大切かについてであるが、重要なことは海底の酸素不足が一番の問題であり、それを助長するような開発が目白押しという事実である。夏場、伊勢・三河湾の面積の約半分を占める海域で貧酸素化が顕著になり、ナマコ、エビ、アサリなど底生性生物の生息量が大きく減少している。したがって生態系の健全性と漁業生産の維持にとって底層の溶存酸素を回復することが緊急な重要課題となっている。現在の環境基準のCOD、T-N、T-Pではこのような海域環境の実態を表してないことになり、底層DOの確保に向け環境省の各種委員会でも現在鋭意検討されている。
 漁獲量と貧酸素水塊面積の相関調査では、種々要因もあり現象として2〜4年後にじわりと現われるためやっかいな問題である。また突発的な現象として三河湾では海底の無酸素水が風により湧き上がり苦潮(東京湾では青潮)となって沿岸に押寄せ一晩で12億円のアサリへい死被害が出た例がある。
 貧酸素化の原因は赤潮の発生であり、赤潮が死んで沈降する過程で大量の酸素を消費し貧酸素化を起こすことになる。そこで三河湾で植物プランクトン生産量と、それを食べるマイワシ、動物プランクトン、二枚貝など動物群集の捕食量との関連を二ヶ月間調査した。その結果、「無機態栄養塩減少量から見積もった植物プランクトン生産量」と「細胞数の実測からの植物プランクトン生産量」に大きな乖離が見られた。海の植物プランクトンの生産は数日単位で大きく変動し、ほとんど常に赤潮になるほどの生産量があるが、生産と同時に摂食・消費されており、動物プランクトンによる摂食、マイワシの漁獲量から把握できる摂食、底層ではアサリなどによる摂食により植物プランクトンは常に低く抑制されている。つまり動物群集が健全であれば赤潮にはならないという事実である。
 三河湾におけるN、Pの負荷量と赤潮発生日・貧酸素水塊面積の関係(図―1)では1970年代から問題が多発しており、負荷の増大時期とは10年程度のタイムラグをもって赤潮等が発生している。
 現在までに六次にわたるN,P総量規制が進められているが、伊勢・三河湾の30年間の観測結果では総量規制後もCOD(補正後)は増大し、T−N、T−Pもほとんど減少していない。問題は無機態の窒素だけが大きく有意に減少しているということであり、貧酸素化の原因である植物プランクトンなどの有機態(懸濁態)の窒素は逆に増加している。生きた植物プランクトン量の指標であるクロロフィルaでみると(図−2)顕著な増加傾向にあるが、動物に食べられた際に生成されるフェオ色素は低下しており、これを見ても摂食圧の低下傾向が問題であることがわかる。
 そこで提言であるが、下水道事業の高度処理計画も現行のCOD,TN,TP環境基準の目標を達成するためのものであったが、窒素やリンなど栄養塩類の更なる削減議論は一度中断し、今後の下水道は水質面の活用など負荷を増減できる人工的な負荷コントロール装置としての機能を担って欲しい。現在、流入負荷減少のマイナス現象としてノリの色落ち問題や播磨灘では小型底曳漁漁獲量の減少などが起きている。本来内湾は淡水流入によって起こるエスチュアリー循環によって湾口下層から外海の豊富な栄養塩類が運び込まれ、その規模は陸域からの負荷と同等またはそれより大きいと推測されるため、陸域負荷のバルブだけを閉めても極沿岸域だけが影響を受け湾全体のTN,TPはあまり変化しないのは当然である。また、湾の構造上、入口が狭く、奥行きが広い状態なので、高い基礎生産が維持できそれをベースに生物的豊かさを維持できるものであるが、現在問題になっているのは、このような本来豊かな植物プランクトンの生産がより高次の生き物には行かず、無駄に赤潮となって沈降し貧酸素化が起こっているということである。
 したがって閉鎖性海域と云う表現はあまり内湾の本質を表現しておらず良くないと考えるが、豊かな海とは
 ・豊富な栄養源が川や湾口下層から供給される
 ・栄養塩やプランクトンの流出を防ぐ地形である(貯めこむ形状)
 ・高い基礎生産が維持できる(赤潮、貧酸素化にならない)
 ・高次生産への高い転換効率を持つ である。
 三河湾は1970年代に、10年間で1200ha(面積の約2%)の干潟域を埋立した結果が赤潮の発生時期に合致する。計算すると埋立により喪失したアサリの海水ろ過能力は外海から湾口に入る海水量と同等で、2%の埋立で湾口を閉じたと同じ効果を与えることになる。現在、愛知県では三河湾で600haの人工的干潟・浅場の保全修復を行い、物質循環の健全化をはかっている。その結果、アサリ漁獲量も全国では5万トンまで激減しているなか、愛知県海域でも平成11年には1万トンにまで減少したが造成後の平成19年には漁業者の稚貝の移植放流もあり2万トンまで回復し全国の約半分の出荷量を誇る。
 最後に、現在底層溶存酸素という新しい環境基準の議論をしているなか、下水道事業も新たに負荷を削減する施設から負荷を積極的に制御する施設となることを願い、本日の意義とする。

                                        
以上