総合討論概要 
  *出席者
住宅金融支援機構 マンション・まちづくり支援部
  マンション・まちづくり支援企画グループ長  太田 裕之氏
株式会社翔設計 開発本部コンストラクション・マネジメントグループ
  ゼネラルマネージャー  竹原 敏勝氏
株式会社翔設計 改修コンサルタント部      
  副部長  梅津いづみ氏

コーディネーター  NPO21世紀水倶楽部      会 員 山﨑 義広
※ 山﨑は大規模マンション“インペリアル東久留米”の修繕委員会に所属し、大規模修繕に携わってきた経験を持つ。
コーディネーター
 高経年マンションの大規模修繕や給排水設備には資金調達が最も大きな問題である。修繕積立金の不足の原因は積立金の段階的値上げの方法に問題があったということであるが、「マンション管理適正化法」の改正が2022年4月に施行され、同法を推進していくためのポイントとしての管理計画認定制度について説明を頂きたい。

太田氏
 現在、管理計画認定を受けている物件数は300件程度しかなく、認定を受けるには幾つかのハードルがある。(「マンションの修繕積立金に関するガイドライン」には)修繕積立金の基準が示されており、修繕積立金はある程度見積もっておかなければならないが、そのハードルのひとつとして、組合員か居住者の名簿を備え付け、年に一回程度名簿の見直しをしていくことが重要である。また、積立金額はガイドラインに沿った形で行うことも大切である。住宅金融支援機構では、認定制度を通った管理組合に対してヒアリングを行うと、組織体としてしっかりしている印象を受ける。管理を管理会社に任せているのではなく、よく自分たちのマンションについてよく考えている。このように認定基準に限らず組織として自主的にマンションを管理していこうという体制が重要である。

コーディネータ-
 大規模修繕で最もネックとなるものはどのようなものか?また、大規模修繕を計画的に行っていった時、マンションは何年くらい健全に機能するか?

竹原氏
 大規模修繕工事で最も難しい課題は修繕積立金の値上げである。その背景としては住民の高齢化などであるが、長期修繕計画はその資金をどう積み上げていくのかという計画である。高経年時の資金計画は新築時の計画では網羅されていないので当初の計画のままでは対応できない。背景として、高度成長期には収入が物価上昇に比べて上げ幅が大きかったが、その後長期に渡るデフレが続いていることから値上げに対する感覚が難しくなっていることなどもある。また、前述した「高経年時に必要な改修」についての計画が、当初計画には網羅されていないため、予定外の出費が必要となる形となるため、そもそも不足している修繕積立金を、後から値上げしなくてはならない状況にあるということが最大の課題である。
 次に、大規模修繕を適正に行った建物の健全性についての質問ですが、建物の躯体がRCであれば、鉄筋が錆びなければ長く持つ。コンクリートは強いアルカリであり、コンクリート内にしっかり鉄筋が入っていれば錆びないが、コンクリート表面から酸性雨や排ガスなどの酸に侵されていくと、場合によってはコンクリートが徐々に中性化し、深部の鉄筋にまで達すると錆び始める。このようになると一気に躯体強度が落ちるため、躯体は寿命を迎える。躯体の中性化がどの程度進行しているかは調査をすることができ、耐震診断などでコア抜きを行った時に合わせて中性化のチェックを行うことができる。躯体の耐用年数評価を行っている多くの学者によると、きちんと大規模修繕を行っていけば100年以上持つであろうとの見解である。一方、設備については漏水の問題や電気容量の不足、電気配線の劣化(通電停止、発火など)の問題がある。したがって、躯体と同様に電気、ガス、水道、通信設備等を時代に適合させていくことができれば、建物は維持していくことができるというのが理論的な考え方である。
 以上のことから、課題となるのは設備の更新であり、特に給排水管・給湯管といった配管の劣化・修繕・更新が多くのマンションで大きな課題となる。ただ、共用部のみ配管を更新しても、専有部からの漏水は止まらないため、共用部(立管)と専有部(横引管)を合わせて建物全体の配管を長寿命化するための更新工事が求められる。例えば一棟リノベーションという形で共用部、専有部を含めて設備を一新していく取組みが行われていけば、100年,150年使い続けていくことは十分可能である。ただ、そこに関しては法整備を進めている途上にある。電気設備工事は別として、建物全体の大規模給排水更新工事を1回行えば80年ぐらいは持たせることができると予想する。

コーディネーター
 マンションの給排水設備は非常に大切であり、これを更新していけば100年,150年躯体はもつとのことから、給排水設備を更新するとして、最適な配管材料は何か?

梅津氏
 過去、既存のマンションには色々な管材が使われていて、金属を用いた合金製のものも使われていた。配管材料が異なれば、修繕周期もバラバラということになる。個々に更新工事を行うとスケールメリットが働かないことから、更新する際には同じ周期で交換できるようにすることがひとつのポイントとなる。本日紹介した“インペリアル東久留米”と“稲毛スカイタウン”に関しては修繕周期をそろえることに焦点を当てている。設計時の考え方として、給水配管は給水用樹脂管、排水管には排水用樹脂管を採用している。但し、露出配管の採用など、場合によっては金属配管の方が有利なることもあるため、最終的には費用対効果を考慮し、建物が生涯を終えるまでの全体を想定しながら何をどう配置していくかを検討していくことが必要である。

コーディネーター
 講演において、工事は更新工事だけでなく更生工事もあるとのことであるが、マンションの給排水工事の場合はどのように選択されるのか?

梅津氏
 選定のポイントは状況次第で決めるということになる。建て替えが視野に入っている場合など、後10年使えればいいようなマンションであれば、明らかに更生工事で凌ぐという考え方が有効であるが、実際にはあと40年,50年どのように住んでいくかというところが論点となる。その場合にはできるだけ耐用年数の長い配管材料を選んで工事を行うことに優位性があると考える。修繕積立金は住民の方々から集められたある程度公共性の高い資産となってくるので、有意義に使うという意味でできるだけ修繕は1回に集約してしまう方がいいと思う。

質問
 排水管の縦管は外壁に出す方が工事も安価であり、メンテナンス上もメリットがあると聞いているが、工事等の難易度について聞きたい。

梅津氏
 排水管の縦管への繋ぎ込みは、建物の壁に住戸数分だけスリーブを開けることになるので、耐震性の面から検討する必要がある。更に、水回りが外壁に近い場合にはそれほど難しくはないが、外壁から遠い場合には排水管勾配を確保するため、床面を高くしなければならないことから、天井高が低くなり、生活上圧迫感を生ずる可能性がある。従って、以上のような条件がクリアされれば外配管の方が漏水を見つけやすい点や縦管の更新時には足場を外立てするだけで簡単に交換できるなどのメリットがある。

コーディネーター
 共用部の修繕工事は管理組合の積立金で行うことが基本的規約になっていることが大前提であるが、“インペリアル東久留米”では、専有部についても積立金を使ってやっていこうという住民との合意を得るのに約3年かけ、専有部の給排水管を共用部と同時に積立金を使ってやった経験を持っている。本日の講演者からも、一般に共用部のみに意識が向けられているが、専有部、特に給湯管からの漏水が多いとの指摘があった。専有部の更新に関してアドバイスがあればお願いをしたい。

梅津氏
 専有部の給排水管工事を行うか否かは、管理組合でも意見の割れてしまうことがあり、住民全体の合意形成が進まないことがある。専有部まで工事をする話が出ているのであれば、修繕委員会や理事会がしっかりした強い意識を持って推進していくことが必要である。山﨑氏より「3年程度掛けて合意形成した」との話があったが、住民の合意形成は3年程度かかることも多く、また理事会のみで進めようとする場合には理事任期での交代があると方針が変わってしまうことがあるので、修繕委員会などの固定メンバーで進めることが大切である。

コーディネーター
   大規模修繕の事例として、“インペリアル東久留米”について紹介する。本マンションは419戸4棟の大規模マンションであり、紹介者の小峰氏は、管理組合や修繕委員会の立場でその大規模修繕の給排水工事に関わられた方である。小峰氏に管理規約の改定から専有部の工事まで行うことができたポイントについての話をお願いする。

 小峰氏
“インペリアル東久留米”ではまず修繕委員会を立ち上げたが、その際にコーディネーターである山﨑氏と共に副委員長を務めた。その際に苦労した点を幾つか述べることとする。
1. 予算金額
 長期修繕計画を作成しているが、工事が始まる際、2014年時点で作成した長期修繕計画の予算金額があり、その金額で今回の更新工事を行うことができるかが課題であった。そこで委員会として、直近の同規模マンションの修繕工事データと国交省の“マンションの修繕積立金に関するガイドライン”のデータを比較検討したが、実際に工事業者が前出の金額で工事を請けてくれるかが一番の悩みであった。その不安を解決するため、入札前に事前に民間工事業者から見積を取ることにより、安心して入札に臨むことができたという経緯があった。
2. 修繕委員会と組合員の合意形成
 長期修繕計画は当初、共用部である給水管と排水管とを工事範囲としていた。ただ、本マンションは築30年以上であるため、給湯管からの漏水事故が多発していたことから、喫緊の課題として委員会でも話題となり、是非更新する必要があるとの意見で一致した。しかし、専有部であるため、予算措置が取られていない。規約ではそれぞれの使用者が費用を準備しなければならないとなっていたが、全員が個々に費用を担保するのは困難であるし、個々に工事を行うことによる漏水のリスクがある。以上のことから、委員会・管理組合は全戸一斉に工事を行いたいとなったが、その費用を準備するにあたって最初に行ったことは規約の改正であった。しかし、その費用の徴収に当たっては金額も大きいことから個々に徴収することは難しく、管理組合の積立金でやるという基本姿勢となった。
3. 国土交通省マンションストック長寿命化等モデル事業
 補助金情報として、国交省からマンションの長寿命化工事に1/3の補助金が受給できる可能性があるとの話があり、コンサルタントの翔設計様に書類とアイデアを頂いて申請し、採択された。これにより専有部の給湯管の更新を組合の資金で行うことができた。
4. 給水方式の変更
 水道のマンション給水方式を貯水槽方式から直結方式に変更したいとの話があったが、補助金で賄うことができた。

コーディネーター
 本マンションの修繕委員会での経験から、30年,40年経過した高経年マンションで給排水設備の更新にこれから取り組もうとする理事会や管理組合の関係者へのアドバイスを頂きたい。

小峰氏
理事会や管理組合が設備の更新をスムーズに進めていくためのポイントを2点ほど述べる。
1.工事発注前の予算金額の把握
工事金額を予測する方法は、他物件からの情報収集を行い、予算の上下限レンジを決めておくことである。合わせて信頼できる施工店から事前に見積を徴収することである。これらにより、自信をもって入札に臨める体制を作ることができる。
2.住民の合意形成
   給排水管は室内に設置されているため、更新工事をするには個人宅に入り、壁を壊して配管を取り換える作業が出てくる。これらのことを住民の方々に理解して頂くために工事の説明会を開いていくことが非常に大切である。

質問
 私は、中規模マンション在住の組合員である。マンションは築35年が経過して、専有部、特に給湯管からの漏水が増えている状況である。管理組合には過去に数回、漏水対策のみならず劣化対策をやるように働き掛けたが、管理組合としては専有部の更新工事はやらないとの回答であった。このことから個人として工事を行いたいと考えているが、スケルトンリフォームまでは考えていない。専有部すべての配管を交換することはできないが、例えばポイントを狙っての継手のみなど、部分的な交換での対応は有効に働くか?

梅津氏
 漏水履歴がしっかり整備されていて、漏水箇所の推定がある程度予測できれば部分修繕の選択肢はあるかもしれない。ただし、給湯管の材質が銅管の場合、配管の曲げ角度がポイントであり、腐食でごく小さな穴しか開かないため、漏水箇所を見つけづらいということがある。一般に漏水箇所は給湯器回り、各器具、台所、浴室の器具立ち上げ部などで多いと聞いている。以上のことから、部分補修を繰り返すのもひとつの手法であるが、配管全部を交換しないと完全にリスクを払拭できない。また、スケルトンリフォームまでは考えていないとのことであるが、部屋の美観に影響がそれほどないとすれば、露出配管によって費用を抑えることができる。

質問
 美観,工事規模等からみて給湯管を露出配管は現実的なのか?

梅津氏
 設備系大規模修繕工事を一度に行おうとすると修繕積立金が不足することがよくある。資金の借入れを行っても不足する場合には全体工事費を減らさなければならないため、建築工事を最小限とした露出配管を採用する管理組合も少なからずある。なお、専有部の配管交換費は全体の工事費のうちの2割から3割が設備工事費であり、残りが建築工事の解体,下地組立、復旧工事であることから建築工事費を下げることができれば、場合によって隠蔽配管の費用を出すことができる。管理組合の考え方や多くの工事実績から露出・隠蔽いずれかを選択をすることができる。

質問
 講演の際、梅津氏からは予防保全の話があったが、実際に漏水があった場合には更生工事あるいは更新工事をしないといけないことになる。劣化は徐々に進行することから早めに手当てをすれば結果としてLCCの低下に繋がると思うが、給排水設備の定期的な清掃と調査とを組み合わせることによって予防保全を行うなど、今後有効な方策があれば教えて頂きたい。

梅津氏
 定点観測のような調査を重ねていくことは大事である。実際に数件の管理組合様から5年周期で定期的調査を依頼されている。調査方法は、最初に漏水履歴を整理していくことから始める。漏水履歴をまとめることで原因がある程度見えてくる。また、定期的にCCDカメラや内視鏡を用いたカメラ調査を行うことによって、管内の錆び状況を観測することが有益な情報となる。調査により錆の拡大が明らかになった時点で抜管調査(サンプリング調査)を行い、得られたピースの肉厚を測定して、交換時期や更生工事による延命化の判断を行っていくのが検査方法・調査方針である。ただ、それぞれ個々人の使用状況によって劣化の進行度は異なってくる。排水管に限定していえば、管材料として樹脂管材が使われている場合には、錆はないけれども熱劣化があるので日常から熱湯を流さないなどの配慮がひとつの予防保全活動になると思う。

コーディネーター
 リフォームに関しては専有部が非常に大事であるとのことであるが、住宅金融支援機構では専有部のリフォームに関して融資条件にはどのようなことがあるのか?

太田氏
 住宅金融支援機構の場合、管理組合に融資する形となるが、配管についても融資はある。管理組合が専有部もやりたいという場合にはその部分も含めて工事費を融資することがある。その際には管理規約を改定して頂くことになるのですが、その内容は「専有部分である設備のうち、共用部分と構造上一体となった部分の管理を共用部分の管理と一体して行うことが必要となるときには管理組合はこれをできる。」と決める。その後、当該部分の工事費の負担を管理組合が行うことを総会または規約で定めて頂くと融資の対象とすることは可能である。

コーディネーター
  “インペリアル東久留米”や“稲毛ストックタウン”においては、“マンションストック長寿命化等モデル事業”に採択されたポイントがあると思うが、同様のメニューで助成金を申請した場合、国交省から採択される見込みはあるのか?

梅津氏
 このモデル事業は、改修工事に限定した場合、魅力的な提案には助成するというものであり、条件がかなり厳しい。第一に先導的であって、他の管理組合に水平展開できる内容であることが条件である。”インペリアル東久留米“の申請は専有部を共用部に含めての提案内容であり、国交省の方もかなり強く印象に残る案件であったようである。今年度(令和5年度)はかなり条件が厳しくなっており、専有部に関しては対象外となっている。また、このモデル事業は来年度いっぱいの制度となっている。

コーディネーター
 翔設計様は“インペリアル東久留米”並びに“稲毛スカイタウン”の管理組合と付き合って、設計から施工管理までやられたが、苦労されたことやこれから修繕工事を検討される高経年マンションの管理組合がすべきことについて専門家の視点から教授されたい。

梅津氏
 両マンションとも住戸数が多かったところは難しかった。計画段階で判明する課題は検討する時間を確保することができるが、工事が始まってから発生する課題は入室日程をずらすことができないため、課題の大きさに限らず限られた時間内で素早く的確にアドバイスしていかなければならないことは苦労する点である。
 高経年マンションを次世代に引き継ぐことを目指してほしいと思っている。そのためには、  建物を何年先まで使っていくのかという目標を明確に持ってほしい。そこを目指して社会的劣化、物理的劣化をどう改善していくのか、どう取り組んでいくのかということも考えてほしい。将来、建物の築100年が見えてきたところで、建て替えをするのかあるいは継続使用するのかをしっかり検討してほしい。建物にも“終活”があるので、引き継ぐ人にとって負の産物にはならないように配慮した活動により、次世代に受け継がれるものとしてほしいと思っている。
   

コーディネーター
 本研究集会は、2017年に続いて排水設備に関する研究集会であったが、マンション管理の課題が浮き彫りになった。その課題の解決には100年居住できるマンションにしていくことが、今求められており、そうしていくことが必須であると感じた。そのためには適正な長期修繕計画の策定・見直しが必須であり、高経年マンション再生の第1歩は、大規模修繕もさることながら給排水設備の更新に取り組むことが非常に重要であると感じた。これには共用部のみならず専有部にも目を向けることが大切であり、このことを実施していくには管理組合、理事会の運営体制の構築に尽きるのではないかと感じた。そのためにはこのような研究集会を続けていくことも必要と考える。
                             ―以上―