6,便所(トイレ) 水回り昭和の記録 | ||||||||||||||
人力によるこの街場のくみ取り作業は昭和20年代後半まで続いていた。20年代後半になるとバキュームカーが導入され、作業は便利に素早く行われるようになった。直径10cm程度の蛇腹管を裏路地に這わせて便槽に近づき、吸い込み口(マウス)を便槽に突っ込む。車載のエンジンポンプを回して一挙に車載タンクに吸い込んでしまう。 汲み取り作業では、静かに便槽に湛えられていた糞尿を撹乱させることになるから、糞尿が蓄えていたインドール、スカトール、硫化水素、メチルメルカプタン、アンモニアなどの悪臭成分を一斉に吐き出すことになり、悪臭が辺り一帯に漂う。臭気は拡散されるが「くみ取り中の便所」を中心に数十mにまで臭気が広がる。この臭いをわたしたちは「田舎の香水」と呼んだ。今なら悪臭公害だが当時は各戸が順に加害者になるわけだから、隣近所の臭気攻勢にたいしては、みな受忍の義務があった。 4)くみ取ったし尿の行方 江戸時代から市中に発生するし尿は、有価物として農家に引き取られていた。下総や武蔵の農家が船や荷車で引き取りに来ていたのである。この取引は、戦後昭和25年くらいまで続き、し尿は大事な肥料として農場にまかれていた。都内はじめ大都市ではくみ取った尿をまとめてタンク車・荷車に積み替え、列車で郊外へ運ぶことすらやっていた。これで有機物サイクルは齟齬なく回っていたのである。 ただし、戦後、野菜を育てる畑への散布は衛生上の問題、寄生虫の問題があるとして、散布は控えるよう進駐軍から絶えず警告・指導がおこなわれた。そうした指導や化学的に窒素を固定する技術が進み、硫安など化学肥料が開発されて、し尿の肥料価値は低下、逆に厄介物となった。 4)し尿処理場の出現 昭和30年代に入る人口の都市集中が始まり、市中で汲みだされるし尿の量急激に膨張、肥料への活用が縮小したことによって、余剰し尿は増加の一途をたどった。このため、し尿の始末を担当する市町村は困窮するばかりであった。上位の行政体である都道府県も困り果てて、たとえば山林奥地に穴を掘って投棄したり、お穢船(し尿を積み込む槽を備えた引船)を仕立てて、外洋に赴き、投棄する等の方法を取らざるを得なかった。 しかしこれらの手法は環境衛生上問題があるので、官民共同で衛生的にし尿を処理する方法が開発され「尿処理施設」として実用化が進んだ。し尿処理施設は、県庁所在地など大きな都市は独自で、小さな市町村はいくつかが集まって一部事務組合を作り、施設を設置・運営する方法がとられた。し尿の処理方法としては色々な手法が提案されたが、基本的には生物学的な嫌気性分解をベースにするものが多かった。そしてこのプロセスは後に下水汚泥の処理へと展開してゆく。 (7)浄化槽方式(し尿単独) 戦後、都会に人口が集中し、集合住宅(団地)でなく、一戸建て住宅の建造が進むようになると、住宅の構造が変化し、便所は水洗トイレとすることが一般化した。これに連れて、下水道未普及の地域では排出されるし尿は各戸毎に浄化槽を附置して処理しなければならなくなった。し尿だけを単独で浄化処理する施設である。初期の浄化槽は嫌気式の腐敗槽が中心で100日余糞尿を貯留、固形物の液化を図った後、沈殿槽に移して残留固形分を沈殿分離し、砕石槽に滴下・ろ過、消毒剤を添加して側溝や水路に流す方式である。沈殿槽に溜まった固形物は汚泥としてバキューム車が汲み取っていく。この原型は内務省式とか厚生省式と言われた改良便所にある様に思う。 (8)下水道接続 昭和30年代、建築基準法が改正され、住宅事務所などの便所は水洗便所とすることが規定された。そして水洗排水は公共下水道か浄化槽に接続することが義務付けられた。しかしこの時期、公共下水道は東京区部や一部の指定都市にしか設置されておらず、それも一部の区域であり、終末処理施設も完全なものではなかった。こうした中、日本経済の急激な成長に伴い、公害がいたるところに発生、これに対処するため、昭和45年には公害防止に関連する法律が一斉に改定・制定された。公共用水域の汚染に関係する下水道法についても大幅な改正が行われ、下水道(公共・流域)には終末に必ず処理施設を設置するべきことが規定された。水洗便所から流されたし尿を含む下水は全て衛生的に安全な処理水となって公共用水域に放流されるようになったわけである。 (9)合併浄化槽 し尿のみを単独に取り扱う単独し尿浄化槽は、ある程度し尿を衛生的に処理できるが、管理が個人に委ねられたため、設置後のメンテナンスが放置され、水路の汚染や臭気発生の問題が諸所で発生した。また風呂・厨房から無処理で排出される雑排水による水質汚染も無視できなくなり、浄化槽法でそれらの水も合わせて処理すべきことが定められた。水洗便所排水と雑排水を合わせて処理するので、この方式を「合併浄化槽」と言う。 |
||||||||||||||