7 便器について(和式から洋式へ)                       水回り昭和の記録
 くみ取り便所の時代、我が国の大便器はすべて和式であった。数十cm下の便壺に排泄するだけなので便器は、楕円リングの前部分に小便受け止め用の「金隠し(スリッパのつま先カバーのごときもの)が着いているだけであった。素材は陶器で色は白色か草色が多かった。
40年代後半から建築基準法に従ってトイレは水洗便所になり、強烈な臭気や昆虫攻めから解放された。トイレの不潔感はほとんど解消された。
7-1 和式便器ー水洗便所用ー
<構造と素材>
水洗便所用の和式便器は深さ15センチ程度のお椀型であり、前方に金隠しが着いている。大概和風便器の前方つまり金隠しの下のところに洗浄排水を吸い込むため10cm径の開口部がある。
中には開口部が後方のものもあった。素材は陶器である。使用者は便器にまたがり、椀底に排泄物や落とし紙を落とし、排泄が終わったらハンドルを押し、鎖を引いて清浄な水をだし瞬間的に排泄物を洗い去る。排水は水封(トラップ)を経由して排水管に流れ落ち、下水道か浄化槽に移動する。
<便器にまたがれない子供と若者>
ところで、今の子供・若者は外国人並みに和式便所を使えないらしい。自宅のトイレがみな洋式化しているため、使い方が判らず、和式便器にまたがって、しゃがみこむ姿勢が取れないのだそうである。ましてや長時間の姿勢維持には耐えられないのだという。だから近年学校の便所から和式便器は駆逐されつつあるらしい。
でも、発展途上国を旅行したり、山登り・キャンプする時、あるいは震災の時、この姿勢を取ることは必須である。だから本当は小学校には和式便所を一つくらいは備え、授業の一環として使い方を訓練しておく必要があると思う。
7-2 洋(座)式便器
<使い方を知らなかった昔の人>
私が洋式便所を初めて見たのは高校生になってからである。前述のように、小学校・中学校と、校舎は木造で、便所は渡り廊下を渡った別棟にあり、勿論ポッチャン便所だから女子便所・大便所は跨いでしゃがむ和式であり、家の便所も和式であった。ところが高校の校舎は昭和初期に当時の建築技術の粋を集めて建造した3階建て(一部6階の塔あり)の鉄筋コンクリート造りであり、便所は水洗式で一部に洋式のものがあった。汚水の行き先は敷地の一隅で浄化処理していたのだと思う。新入生はみな三多摩の田舎から出てきているので、確か入学式のあとのオリエンテーションで洋式便所の使い方についても説明があったように思う。
明治維新の直前、長州藩や薩摩藩からひそかに欧米に渡る留学生が結構いた。彼らが書き残している書物をみると洋式便所の使い方には、はじめ随分戸惑ったらしい。便器の縁に足を据え、しゃがみこんだという逸話もある。これは、戦後、我が国経済が急成長し、庶民が海外旅行に出られるようになった時、地方に住む老人たちが取った対応と同じである。
<素材>
さて、洋式の水洗便所の原型は既に明治期に輸入されて日本に来ており、素材は日本人が手慣れた陶器なので早くからみよう見まねで国産品が作られていた。陶器作りが得意な中部や九州北部に工場ができた。東洋陶器(TOTO)、伊奈製陶(INAX⇒LIXIL)などはその代表である。陶器は便が付着しにくく、水で洗い落とせるため、清潔を保ちやすく、薬剤に強いため格好の素材となっている。列車便所や、一部の公衆トイレなどでステンレス製のものもある。
<構造>
洋式便器の基本的構造は、この時期までに確立されていたと思える。サイフォンの原理を使って、一時に大量の水を投入することにより、便器に溜まった糞便を下流の排水管に流し去り、投入水が止まると、サイフォンが切れて水封(トラップ)となり、排水管からの臭気を遮断する。実に巧妙な装置である。前述のように和式便器にもこのサイフォントラップは応用されている。便器表面に付着した糞便を流し去る水の量を節約するため流入水の噴出方式を工夫する努力が払われて、節水型の便器が開発され当初の半分以下の水量で洗浄が行えるようになった。
<温水洗浄便座>
今年の2月、中国のゴールデンウイークとも言える春節では沢山の中国人が来日し、彼らの「爆買い」がマスメディアの話題となった。中国人の買い物の中で温水洗浄便座が品切れになるほど売れたという。日本製の品物が、故障が少なくていいのだという。沢山の中国人があの大きな梱包箱をかついで中国に戻ったようだ。
この洗浄便座、ルーツはアメリカで、病院用に開発されたようである。しかしあまり人気は出なかったらしい。ところが日本の便器メーカーがこれに着目、お尻を洗って痔病を治せないかと考えた。あれこれ試行錯誤して昭和30年代には原型を作り出した。昭和30年代中頃には製品を売り出す広告が雑誌類掲載されている。だが日本でもはじめはあまり関心を呼ばなかったらしい。しかし昭和50年代後半から関心を持つ消費者が現れ、自宅の洋式便器に設置する「新たらしい物好き(?)」が増えてきた。以降、徐々に便座を使う家庭やオフィスが増えて行った。
この装置、使ってみれば実に快適である。徐々に愛好者が増えて行った。今や我が国では、大半のプライベート用トイレ、場合によっては公衆トイレでさえも洗浄便座が設置される時代となっている。
7-3 小便器
小便器は男性が小便を排泄する時に尿を受ける容器として作られたものである。文献によれば、女性用の小便器も開発され、設置された例もあるようだが普及はしなかった。
男性用小便器にも汲み取り用と水洗用の2種があり、便器の設置方式によって床設置(ストール)型と壁掛け型の2種がある。学校や駅の便所では一度に大勢が使えるように踏み台に乗って壁に排せつする方式も使われている。
汲み取り用の物は大便所入り口部に設けられ、排せつされた尿が細管を伝って便槽に流れやすいようにしてある。水洗用も同じで大便器近くに設けられる。公衆便所などでは定期的に洗浄水を流しトラップの水が枯渇して臭気が逆流しないようにすることが多い。また便器に付着する尿石を防止し、消毒剤を洗浄水に溶解するサニタイザーと呼ばれる装置を取り付けることもある。
小便器の素材も陶器である。構造はストール型の場合、幅は人間の肩幅、高さは人の胸高、奥行きは20cm程度の箱型であり下底部ビ排尿口が設けられている。水洗の場合、上部の庇裏から壁面に洗浄水が射出される。壁掛け型の小便器は朝顔型といわれ朝顔の花を縦にせん断した切り口に板を張った様態の形で、陶器で一体構造にしてある。排せつされた尿は板部に当たって下部に落ち流れ落ち、朝顔の花のガクに当たる部分から小管を伝って系外に流し去られる。