「下水道のことを根本から考えてみませんか」下水道原論シリーズ第5話
 

下水道のことを根本から考えてみませんか(第5話)

 

[ 5話では「公共」の役割と責任について再度復習し、そこから進んで、下水道事業に関して公共の各機関(3機関=国、府県、市町村)が負うべき責任の内容を検討します。]

 

第七章 公共負担分の機関別分担(その1)

 

一、国など「公共」の役割と責任について

第六章で若干触れたように、公共を構成するものは、地方公共団体です。地方公共団体にはいろいろな種類がありますが、一般の国民(住民)にとってなじみが多いのは普通地方公共団体の方で、これは都道府県(正確には道府県、以下府県と略す)と市町村の二段構造からなっています。

個人との関係からいえば、市町村が一番身近な位置にあり、次が府県で、国は最も個人との接触が薄い関係にあります。

これは前にも述べましたが、公共が行う行政サービスの対象が、市町村⇒府県⇒国 と進むに従って、広がってゆき、個人がサービスを受ける頻度や厚みが順々に減ってゆくことと関係があります。

また過去の歴史的経緯もあって、極力中央集権化を排し地域の問題は地域で解決すべきとする地方自治の基本原則とも無関係でなかろうと思います。

しかし、問題解決(行政サービスの遂行)のためにコストがかかるとすれば、個人に最も身近な市町村に全てを委ねてしまうのではなく、不特定多数の個人を代表する者の一つとして、国や府県は応分のコストを負担すべきものと考えます。

ここで、「公共」を構成する国、地方公共団体(府県、市町村)について、役割と性格を、少し復習しておくことにします。

 

 (一) 国家について

17世紀の哲学者、ホッブズはその著書「リヴァイアサン」の中で国家権力について次のように述べています。(1)

「人々を外国人の侵入や相互の侵害から防衛し、それによって彼らを保全し、彼ら自身の勤労と土地からの収穫とによって自己を養い、安んじて生活できるようにする。そのような能力を持つ共通の権力を樹立するためのただ一つの道は、彼らのすべての権力と実力とを一人の人間または人々の合議体に与えることであり、そして、多数意見によって、彼らのすべての意志を一つの意志にすることである」。

そして「一つの人格に統一された群衆はコモンウェルスと呼ばれるが、これがリヴァイアサン『可死の神』(怪物=国家)の生成である」としています。

すなわち、「国民がお互いの利益のために、信約(Contract)によって、自らの権力と実力を国家に委嘱したもの」というのがホッブズの国家権力論でありました。

国家権力に関する見解は、その後もG・イエネリック(一般国家学)とか、H・ラスキ(国家)などによって論じられていますが「信約」を「同意」とすべきなどの差はありますものの、基本的にはほぼホップズの見解が踏襲されています。

そして、彼らの見解によれば)国家の権力の行使と実行は、国民福祉の増進を図ることに目標を置いたものでなければならないとされます。

序論(1)でも触れたように、国民はある同意のもとに税を納め、義務を果たし、その見返りとして広義の福祉の享受を期待しているのです。

ところで、このように公権力によって国民経済から徴収した租税を一定の目的に従って支出する収支の活動のことを財政と呼びます。財政の機能は資源配分の調整、所得配分の調整および経済の安定化の三つに集約されますが、国はその一部についての機能を果たしているにすぎないと考えるべきです。

残りの機能は府県なり市町村がその役割を果たしているのです。

つまり、「国民全体を対象とする行政すなわち国全体の事務は、国が直接取り行うということである。典型的には、立法、司法、外交、及び防衛等がそれで、いずれも国の存立のための事務である。また、社会保障は所得再配分政策であるが、国民全体に統一的かつ画一的に実施しなければならないため、もっぱら国の責務であるといえる。

さらに、国民経済全体の景気を調整し、経済の成長を図ろうとする政策や通貨価値の安定、国際収支の均衡化などの政策、そして産業構造の転換や雇用の確保と安定などの政策もいずれをとっても主要な責務なので国家財政が責を負うことになっている(3)」のです。

 

(二) 地方公共団体について

地方公共団体とは、「一定の地域とそこに住む住民を構成要素とし、その地域に関連する公共的役務を実施する地域共同体であって、その地域の住民および滞在者に対し包括的な支配権をもつ団体(2)」、あるいは「地方自治を実現するためその存在を認められた地域団体」であり、「国土の一部である一定地域を基礎として国から独立した法人格を認められ、住民の意志と判断に基づき住民の福祉増進のため、その地域において自主的、自律的に統治権を行使する団体(3)」のことです。

前述のように、地方公共団体は普通地方公共団体と特別地方公共団体とに分かれ、前者は都道府県と市町村の二段構造をなしています。

都道府県と市町村は、基本的には共通の規律の下に組織・運営される同型の団体であり、おのおのが独立して住民の意志に基づいて事務を処理するのであって、その間には上下の関係は存在しないと解されています。(事実、地方自治法を見ても、都同府県と市町村を区分して夫々の役割を明確に規定している条文は第二条5項以外には見当たりません。)

つまり、法令により義務付けられた事務以外の事務については、それぞれの判断で自主的に採択を決定することができることになっているわけです。

しかし、市町村が住民に最も身近な地方公共団体であり、住民の日常的な行政需要を満たすための公共役務を提供するのに対し、都道府県は市町村を包括する広域の地方公共団体で、市町村間の連絡調整、広域行政その他市町村が処理することが不適当な事務を行い、かつ国との間に立つという位置付けからしておのずから役割、機能の違いがあるとも考えられています。

 

(三) 都道府県(2による)

都道府県は1874(明治4年)の廃藩置県によって藩を廃止し、旧藩の区域を基礎に新設された広域的地方公共団体です。

1949(昭和24)、わが国の税制調査のため来日したシャウプ使節団は、わが国の地方自治の充実を図るため、地方公共団体の事務について、@行政責任の明確化A能率の原則B地方自治尊重の原則ないし市町村優先の原則 からなる三原則を勧告しました。

この中の「市町村優先の原則」は都道府県と市町村の事務配分の基本原則として尊重されなければならないとされています。つまり「住民の日常生活に係る行政はできるだけ身近な公共団体が実施して住民の要望に沿ったキメ細かい対応を図るのが適当であるから、市町村の実施可能な役務は原則として市町村の責任で行うべきもの」としたのです。

別の言い方をすれば、この原則のもとで「都道府県は市町村行政を最大限に尊重し、その間の連絡調整、その補足ないし、助成を主要な使命とすべき」ものといえましょう。

そして具体的には、

@全県の区域で統一的水準を保って実施すべき規則ないし役務の展開ないしは、その基準の設定に係る事務(例えば警察、義務教育、社会福祉、公衆衛生に係る規則ないし役務等)

A主要な市町村では実施されているが、小規模な市町村では実施することの困難な事務の補足的執行(都市計画その他建築規制、公害防止・環境保全対策、水道事業等)

B複数の市町村にまたがる広域的な公共事業(道路、河川、港湾、産業廃棄物の処理、土地改良事業等)

C市町村の能力では実施が難しい大規模な公共施設の設置・管理(医療、教育、文化、スポーツ、福祉施設等の維持)

D広域的な地域計画の立案、市町村間の行政事務の連絡調整、格差の是正、技術的援助、争議の裁定

などが広域的団体である都道府県の実施すべき主要な任務になると考えられています。

なお、地方自治法はその第二条五項等で、都道府県が行う事務として()広域に亘るもの、 ()市町村に関する連絡調整に関するもの、()一般の市町村が処理することが不適当なもの の3つの類型を示しています。

 

(四) 市町村

市町村は地域住民の生活基盤となる基礎的な地方公共団体であり、隣保意識によって結ばれた地縁的集落を基礎に形成されているものです(2)

地方自治法によりますと、市町村は基礎的な地方公共団体として地方自治に係る事務を一般的に処理するものとされています。

すなわち、都道府県の事務が前述のように3つの類型に分けて例示されているのに対し、市町村は都道府県が処理するものとされている広域事務、連絡調整事務、補完事務を除き、地方公共団体としての事務を一般的包括的に処理するものとしています。(地方自治法第2条5項)

以上が公共を構成する国、府県、市町村の一般的な性格であり、役割となっています。

 

二、下水道事業に関する公共としての責任要素

下水道法では、公共下水道の設置、改築、修繕、維持その他の管理は市町村が、流域下水道のそれらは都道府県が行うことを原則としています。

しかし、これは管理者になるということであって、その費用を市町村なり、都道府県ですべて負担する-ということではありません。

その下水道を利用する住民はもち論、国、関係都道府県、市町村がそれぞれの責任に応じて負担すべきものなのです。

このうち個人と公共の責任(費用)分担のあり方については既に四で述べました。ここでは公共で負担すべき部分を国、府県、市町村の三者に分割する基礎となる責任要素について検討することにします。

 

下水道、特に汚水系施設の設置管理に対する公共の責任要素は、@地域性、A広域性、B公平性、C緊急性、D統一性、E帰属性、F資力度、の七つに分けて考えることができます。

@の「地域性」とは、その地域の生活環境衛生の保全ないし改善を図るという視点からのもので、住居及びその周辺の環境や衛生状態を良好に保ち、各種伝染病や疾病の慢延を防ぐ等の役割・責任を指します。従って、第一義的には市町村に、第二義的には府県に主たる責任があります。

Aの「広域性」というのは、@と反対で公共用水域の水質保全を図る等、下水道の便益が広範に及ぶこと、つまり拡散(pill-over)に対する代償で、不特定多数の受益であるから国、府県、市町村の三者がともに負うべき責務です。但し、責任の度合は国が重く、他はやや軽いと思われます。

Bの「公平性」とは、地域間における格差の是正を図る主旨のものです。ここに言う地域間とは個々の市町村相互間の関係を指し、下水道整備の意志があるのにもかかわらず、当該市町村の財政力が弱いというだけで事業着手出来なかったり、近隣市町村や同規模市町村に比べて立遅れることなどがないようにする責任です。

個々の国民が平等に下水道の恩恵を受けられるようにする責務です。従って、第一義的責任は国にあり、府県にも相応の責任があります。府県は広域的な観点から市町村の事務を補完する立場にあるからです。

Cの「緊急性」というのは、立遅れているわが国の下水道を早急に整備し、管理の充実を図るための責任で、公共用水域の水質保全を図り、既整備地区との格差を緊急に是正する意味の責任です。

同時に近年では貿易摩擦等に絡んで諸外国、特に先進諸国から寄せられている「下水道の整備も放っておいて、安価な製品を作り輸出を有利にするために金を使っている」という批判に応えるという意味も強いものです。

従って、この要素も第一義的には国に主たる責任があります。

Dの「統一性」とは、下水道施設の計画、設計、施工、管理などについて、全国的な均質性や画一性を持たせることにより、サービスの水準、成果の水準を一定に保ち、下水道の目的を確実に達成するための行為に対する代償です。

規格(ISO, JIS)を統一することによって互換性が増し、経済性も増します。全国レベルでの規制強要であるから国に第一義的責任があります。

Eの「帰属性」というのは、下水道施設の財産としての帰属に対する代償的責務です。

公共下水道の場合、管理者は市町村であり、現実に施設とか用地は行政財産として市町村に属しています。財産の所有者はそれを取得するための責務を有しています。

Fの「資力度」というのは財政力ともいうべきもので、国、府県、市町村の三つの機関が徴収している税を基本とする責任です。コストの分担における支払い能力も加味する必要があるからです。いわば応能分担の責任といえましょう。

 

以上の七つの要素の他にも効率性とか総合性とか種々の要素が考え得ますが、個人や公共各機関に共通、同等の要素でもあるので省略してあります。

なお、本節で述べてきた「下水道」は、一般的な単独公共下水道のことを指す点に注意してください。流域下水道については関連公共下水道と併せて一つの下水道(単独公共下水道)を構成するものと考えています。

 

(1)鈴木守著「公共政策論」東海大学出版(1981)より孫引き。

(2)原田尚彦著「地方自治・その法としくみ」学陽書房(昭和62)による。

(3)橋本徹著「現代の地方財政」東洋経済新報社(昭和63)による。

(4)川村仁弘著「自治行政講座1地方自治制度」第一法規(昭和61)

 

 

(5話:おわり)

 

安藤茂